2011年09月25日
オーパ! 開高 健
オーパ!(何事であれ、ブラジル人は驚いたり感嘆したりするとき「オーパ!」という)

赤字で矢印が引いてあり、『毎号、オーパ!のよこに入れて下さい。』と但し書きが添えられている。
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久し振りに電車に乗り、海へ向かう。
降りたのは茅ヶ崎駅。

南口のバス乗り場から、辻堂駅南口行き「辻02」か「辻13」に乗りたかったのだが、中々バスが来ない。
目的地迄は2km程度、まあ、ゆっくり歩いて行くか。
海岸近く、サーフボードを積んだ自転車が行き交う細い通りを歩いて行くと緑色の案内看板を発見。

通りから右手にちょっと入った白い壁の住居が目的地だった。

茅ヶ崎市 開高健記念館。

開高健、牧羊子の表札。

敷地に入って直ぐの石碑。
入ってきて人生と叫び 出ていって死と叫ぶ

1989年12月9日没なので、既に主を失ってから20年以上経過した巨匠の住居が無料の記念館になっています。
住居の周りの庭が『哲学者の小径』

巨匠の名言が並んでいます。
悠々として急げ

朝露の一滴にも天と地が映っている

明日、世界が滅びるとしても今日、あなたはリンゴの木を植える

遠い道をゆっくりとけれど休まずに歩いていく人がある

この辺の碑は最近建てられたのか真新しく、これ見よがしなのが巨匠の趣味とも思えず、少々興醒めではある。
木々の間、石の階段を少し上がる。

バーベキューコンロが設置された中庭に続いていた。

これは巨匠存命の頃から、あまり変わっていないものと思われる。
改めて玄関から内部に入る。

ロビーに飾られたカリブーのはく製。

巨匠が原野を駆け回り、仕留めたトロフィーですな。
壁際のガラスケースの中にはライターのコレクションが並ぶ。

結構イムコも愛用されていたようだ。

タバコはラッキーストライク一択。

巨匠は釣りのおまじないに、ラッキーストライクの空き箱を胸のポケットに入れていた事もあったようだ。
ベトナムジッポー。

実際にベトナム戦争を取材した時のメモリアルなのだろう。
こっちはダンヒル製。

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巨匠の愛飲品。

ウイスキー好きと言う印象が強かったのだが、実はワイン党だったのか?
蔵書の一部。

貴重な生原稿が展示されている。

オーパ、オーパ!!の初稿。

アンデス・チチカカ湖のニジマス。
パプア・ニューギニアのバラムンディ。
アフリカのナイルパーチ。

・・・志半ばで急逝・・・(58歳)
死因は食道癌。
ヘビースモーカーだったのに、肺癌では無くて食道癌に斃れるとは・・・
ベトナム戦争に特派員として従軍していたので、あるいは枯れ葉剤の影響もあったのかと推察されます。
オーパ!連載時のプレイボーイ誌。

残念ながら書斎は立ち入り出来ず、外からガラス越しに中を覗く事しか出来ない。

赤い絨毯に木の机、座椅子で執筆されていたようだ。

机の上にはアンモナイトの化石等・・・

机の正面にはキングサーモンのはく製。

スピングローに洗剤で仕上げたイクラの塊を餌に付けてドリフティングで釣り上げたマンサイズ。
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右隣にモンゴルのタイメン。

リスの生皮張り付けタドポリーで釣り上げた奴でしょう。
背部にはカナダのマスキーが並んでいる。

こいつはリザードタイプのワームで釣っていましたね。
巨大なメタルジグはベーリング海でハリバット狙う為に購入された物だろう。
出来る事なら壁に並んだルアーを、もう少し近くで見たかった。
自宅に戻り、久し振りにオーパ!の文庫本を読み返してみた。

昭和56年3月25日 第1刷
昭和56年4月20日 第2刷

当時の売れっぷりが良く判る。
最初に出版された大判の豪華版は購入できなかったので後日発売された文庫本を購入したのだが、最近老眼が進みつつあるので読み難い。
私は海外で釣りをした事は無いし、したいと思った事もあまり無い。
海外の釣りとなれば通訳兼ガイドが必要だが、私は自分でポイントを探したり釣り方を考えたりするのが好きなので、ガイドに『あそこに投げろ』とか『このルアーを使え』と指図されるのが馴染めないのではないかと思っている。
それでも巨匠の文を読み返しているとアマゾンの奥地、あるいはアラスカの大河で竿を振っている自分を想像してしまう。
最近は海外のどんな秘境の怪魚、魔魚の釣りだって旅行社のツアーがある。
幾ばくかのお金と、何より自由になる時間があればねぇ。
赤字で矢印が引いてあり、『毎号、オーパ!のよこに入れて下さい。』と但し書きが添えられている。
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久し振りに電車に乗り、海へ向かう。
降りたのは茅ヶ崎駅。
南口のバス乗り場から、辻堂駅南口行き「辻02」か「辻13」に乗りたかったのだが、中々バスが来ない。
目的地迄は2km程度、まあ、ゆっくり歩いて行くか。
海岸近く、サーフボードを積んだ自転車が行き交う細い通りを歩いて行くと緑色の案内看板を発見。
通りから右手にちょっと入った白い壁の住居が目的地だった。
茅ヶ崎市 開高健記念館。
開高健、牧羊子の表札。
敷地に入って直ぐの石碑。
入ってきて人生と叫び 出ていって死と叫ぶ
1989年12月9日没なので、既に主を失ってから20年以上経過した巨匠の住居が無料の記念館になっています。
住居の周りの庭が『哲学者の小径』
巨匠の名言が並んでいます。
悠々として急げ
朝露の一滴にも天と地が映っている
明日、世界が滅びるとしても今日、あなたはリンゴの木を植える
遠い道をゆっくりとけれど休まずに歩いていく人がある
この辺の碑は最近建てられたのか真新しく、これ見よがしなのが巨匠の趣味とも思えず、少々興醒めではある。
木々の間、石の階段を少し上がる。
バーベキューコンロが設置された中庭に続いていた。
これは巨匠存命の頃から、あまり変わっていないものと思われる。
改めて玄関から内部に入る。
ロビーに飾られたカリブーのはく製。
巨匠が原野を駆け回り、仕留めたトロフィーですな。
壁際のガラスケースの中にはライターのコレクションが並ぶ。
結構イムコも愛用されていたようだ。
タバコはラッキーストライク一択。
巨匠は釣りのおまじないに、ラッキーストライクの空き箱を胸のポケットに入れていた事もあったようだ。
ベトナムジッポー。
実際にベトナム戦争を取材した時のメモリアルなのだろう。
こっちはダンヒル製。
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2008/01/19
2009/11/15
2009/12/19
巨匠の愛飲品。
ウイスキー好きと言う印象が強かったのだが、実はワイン党だったのか?
蔵書の一部。
貴重な生原稿が展示されている。
オーパ、オーパ!!の初稿。
アンデス・チチカカ湖のニジマス。
パプア・ニューギニアのバラムンディ。
アフリカのナイルパーチ。
・・・志半ばで急逝・・・(58歳)
死因は食道癌。
ヘビースモーカーだったのに、肺癌では無くて食道癌に斃れるとは・・・
ベトナム戦争に特派員として従軍していたので、あるいは枯れ葉剤の影響もあったのかと推察されます。
オーパ!連載時のプレイボーイ誌。
残念ながら書斎は立ち入り出来ず、外からガラス越しに中を覗く事しか出来ない。
赤い絨毯に木の机、座椅子で執筆されていたようだ。
机の上にはアンモナイトの化石等・・・
机の正面にはキングサーモンのはく製。
スピングローに洗剤で仕上げたイクラの塊を餌に付けてドリフティングで釣り上げたマンサイズ。
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2009/09/26
右隣にモンゴルのタイメン。
リスの生皮張り付けタドポリーで釣り上げた奴でしょう。
背部にはカナダのマスキーが並んでいる。
こいつはリザードタイプのワームで釣っていましたね。
巨大なメタルジグはベーリング海でハリバット狙う為に購入された物だろう。
出来る事なら壁に並んだルアーを、もう少し近くで見たかった。
自宅に戻り、久し振りにオーパ!の文庫本を読み返してみた。
昭和56年3月25日 第1刷
昭和56年4月20日 第2刷
当時の売れっぷりが良く判る。
最初に出版された大判の豪華版は購入できなかったので後日発売された文庫本を購入したのだが、最近老眼が進みつつあるので読み難い。
私は海外で釣りをした事は無いし、したいと思った事もあまり無い。
海外の釣りとなれば通訳兼ガイドが必要だが、私は自分でポイントを探したり釣り方を考えたりするのが好きなので、ガイドに『あそこに投げろ』とか『このルアーを使え』と指図されるのが馴染めないのではないかと思っている。
それでも巨匠の文を読み返しているとアマゾンの奥地、あるいはアラスカの大河で竿を振っている自分を想像してしまう。
最近は海外のどんな秘境の怪魚、魔魚の釣りだって旅行社のツアーがある。
幾ばくかのお金と、何より自由になる時間があればねぇ。
Posted by KAZU@ at 10:10│Comments(0)
│釣:書
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